秀龍 SNS

アイコン(画像)をクリックするとfacebookページが表示されます。

3 months ago

秀龍
僕の師匠、宮下伸。今年は81歳に。師匠の直弟子になって二十年。いろんな事はあったが、不肖の弟子は本当に不肖で、ただただこの二十年を悔やむばかりだ…先日、同門の先生の演奏会があり、僕は運営のお手伝いに。師匠は特別出演のため来場、成り行きで、僕は師匠の側についてお世話係に…楽器を動かしたり水をもってきたり、とにかく師匠のご用をする。実はコロナ禍もあり、しばらく師匠にお会いしてなかった。うまく状況を言葉に落とし込むのが難しいのだけれど、師匠の一挙手一投足に、自分の意識をチューニングして控えている時間の貴重さ重要さに、あらためて気がついて、気がついて自分で驚いた。ずっとお側にいたいなあ、と感じた。いつ罷免されても不思議じゃないような不肖な弟子の、僕の人生の後半戦、どこまで師匠の「ご用」に仕えられるのだろうか。草履を揃えるご用だけでもいいんですよ、僕なんかは。演奏は、いつになく深く力強い爪音で、心の奥まで沁みた ... See MoreSee Less
View on Facebook

4 months ago

秀龍
macに、箏の師匠のアルバムからはじまって、CDに焼いていた過去の録音も収める作業を続けている…眠っていた音源が、すぐに聴けるようになっていく。CDRの何枚かは、MDに録音した師匠レッスンの記録。古いものはもう二十年前。なんと貴重な録音か、と思えた。そこで思い立って、ダンボールの中に収め今まで封印していたMDの袋を開くと、ざくざくと師匠の魂魄のこもったレッスンの記録が!MDの時代の後の二十年間も勿論、師匠のレッスンを受けてきたのだけど、しっかりと受け止めて成長の糧と為してこられたのだろうか、と齢五十を目前にして、あらためて考え込んでしまった。何しろMDの山には、その頃の自分自身の芸への思いや姿勢が、師匠の魂魄と共に込められているように思えた。それぞれのラベルの書き込みが、積み残した宿題のような気がして、ものすごく切なくなった。親に置いてかれた子どものような気分だ。幸い、まだMDを聴くのが可能なデッキ(CDRにも焼けたはず)が手元に残存している。先に行った親の姿を追いたい、追いかけたい。僕は、まだ間に合うのだろうか。 ... See MoreSee Less
View on Facebook

4 months ago

秀龍
仕事の関係でMacBook Airを新調。通常の楽曲は今や、Spotifyなどのサブスクでしか聴かなくなったけど、芸関係(邦楽)は別(サブスクにほとんど無いから)。箏の師匠のアルバムは全てmacに読み込んでおく(ついでに、過去の自分の演奏記録もこっそりと)。師匠との直接的な師弟関係は二十年となる。自分の若い頃の師匠レッスンなどの録音、関係性を思い起こすものも続々発掘される。また、macに取り込みながら師匠の音色を再認識…あらためて魅了される。これまで、家庭を持つことにより糊口をしのぐ為の仕事に忙しく、長らく芸の進歩から遠ざかっていた。小学校で教えたりする機会は継続していたが、コロナ禍を機に途絶え(泣)、この世界からも遠ざかるのかなあ、と漠然と寂寥感を感じたりしてたのだけれども、この1月にあるところで演奏し、まあまあ無難にはこなしたが、不甲斐ない演奏を反省し、以来、時間あるごとに「リハビリ」を繰り返し、自分(師範だから)で自分に『免状』出してもいいかな、くらいに、ようやく手が戻ってきた…「糊口をしのぐ」ための職場環境が変わったこともあり、若い頃並みに音に集中できるような精神性も取り戻してきたように感じた。そうしたら不思議なことに、来年の演奏依頼が舞い込んできた。さっきmacに取り込んだ、二十年前『ラジオ高崎』で喋った自分の話に、芸の心を「説諭」され、更正(?)した心を以て、人生の第二幕に臨めるかな、と、ふわっと思える感じになってるアラフィフの今日この頃。 ... See MoreSee Less
View on Facebook

5 months ago

秀龍
鹿島神宮に。この神宮は、日本が生まれた年と同じ年に、初代天皇である神武天皇により創建されたとされていて、現代的な時間のスケールで考えても、少なくとも二千年以上は実際に経過しているはずの古く長い伝統を持つ。境内の入り口にある二之鳥居は西側が正面で、つまり参拝者は、太陽の昇る方向である東を向いて入ることになる。東へ参道を進むと右手側に、北を正面とした鳥居と拝殿があり、ここで参拝者は黄道のある南を向いて拝することになる。鹿島神宮を参拝するのは太陽を拝することでもある。かつてはここで禊ぎをしてから参拝したという、神宮境内にある御手洗池の湧水に口を浸すと、柔らかい味が全身に行き渡る心地がする。拝殿からさらに奥宮へ向かって歩いてると、心の煤を祓うように初夏の風が心地よく頬を撫でて吹き抜けていく。深い森の木々を通して参道に射す光のひとつひとつが神々しく視覚に入り、視覚から心身を清めるようだった。この祓い清められる体験は、信心の有無とか信仰心の有り様を問わず、万民に生じる現象なのではないか、と降り注ぐ光の中を進みながら思った。日本から世界を照らすこの光が、平和を隅々まで行き渡らせていきますように。 ... See MoreSee Less
View on Facebook

8 months ago

秀龍
今、糊口をしのぐための仕事の準備というか、ふだんの仕事の用のため久々に新幹線の乗客になってる。窓際の指定を取ったら、下り進行方向右側、つまり「富士山ビュー」の座席となっていた。品川を出たらあっけなく、車窓の奥の方に、その富士山が見えた。最新型の新幹線は、品川を出ると滑らかに加速していく。自分が四つの夏に、初めて新幹線に乗せてもらった時の高揚感が、最先端の加速感と重なる。安定感と安心感に包まれながら、窓の景色が射られた矢のように変わっていく。人生かくあるべし、と思うけれども、自分自身、この車窓の在り方と全く正反対の、実に安定感の欠如した人生を送っている。芸の師匠からは、人生のひだは音楽を深くすると教えられた。しかし実際は波打つ人生に翻弄されてきたのではないか、と思う。師匠の言う境地が遠い。山地を疾走していた車窓が突然、新丹那トンネルの漆黒の闇に。トンネルを抜けると果たして、雪を戴いた富士が、きらきらと輝いていた。 新幹線は、さらに加速する。ほとんど揺れもしない車窓はじきに、大きく孤を描く虹を映し出していた。 ... See MoreSee Less
View on Facebook