秀龍 SNS

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3 weeks ago

秀龍
鹿島神宮に。この神宮は、日本が生まれた年と同じ年に、初代天皇である神武天皇により創建されたとされていて、現代的な時間のスケールで考えても、少なくとも二千年以上は実際に経過しているはずの古く長い伝統を持つ。境内の入り口にある二之鳥居は西側が正面で、つまり参拝者は、太陽の昇る方向である東を向いて入ることになる。東へ参道を進むと右手側に、北を正面とした鳥居と拝殿があり、ここで参拝者は黄道のある南を向いて拝することになる。鹿島神宮を参拝するのは太陽を拝することでもある。かつてはここで禊ぎをしてから参拝したという、神宮境内にある御手洗池の湧水に口を浸すと、柔らかい味が全身に行き渡る心地がする。拝殿からさらに奥宮へ向かって歩いてると、心の煤を祓うように初夏の風が心地よく頬を撫でて吹き抜けていく。深い森の木々を通して参道に射す光のひとつひとつが神々しく視覚に入り、視覚から心身を清めるようだった。この祓い清められる体験は、信心の有無とか信仰心の有り様を問わず、万民に生じる現象なのではないか、と降り注ぐ光の中を進みながら思った。日本から世界を照らすこの光が、平和を隅々まで行き渡らせていきますように。 ... See MoreSee Less
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4 months ago

秀龍
今、糊口をしのぐための仕事の準備というか、ふだんの仕事の用のため久々に新幹線の乗客になってる。窓際の指定を取ったら、下り進行方向右側、つまり「富士山ビュー」の座席となっていた。品川を出たらあっけなく、車窓の奥の方に、その富士山が見えた。最新型の新幹線は、品川を出ると滑らかに加速していく。自分が四つの夏に、初めて新幹線に乗せてもらった時の高揚感が、最先端の加速感と重なる。安定感と安心感に包まれながら、窓の景色が射られた矢のように変わっていく。人生かくあるべし、と思うけれども、自分自身、この車窓の在り方と全く正反対の、実に安定感の欠如した人生を送っている。芸の師匠からは、人生のひだは音楽を深くすると教えられた。しかし実際は波打つ人生に翻弄されてきたのではないか、と思う。師匠の言う境地が遠い。山地を疾走していた車窓が突然、新丹那トンネルの漆黒の闇に。トンネルを抜けると果たして、雪を戴いた富士が、きらきらと輝いていた。 新幹線は、さらに加速する。ほとんど揺れもしない車窓はじきに、大きく孤を描く虹を映し出していた。 ... See MoreSee Less
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5 months ago

秀龍
あけましておめでとうございますこの元旦は、隣町にある元の国立天文台である堂平山天文台近くで御来光を遥拝。氷点下の中、眼を閉じて光を浴びていると日輪の力強いエネルギーを感じました。東洋を示すオリエント、オリエンテーションが東方へ行くことを表しているように、我々の祖先がこの光に憧れてユーラシアの東端にたどり着き、平和を分かち合いながら今の日本を形成してきた理由が分かるような気がしました。日輪に照らされ守られた我々の伝統、その歩みに続く、この令和四年が皆様にとって良い年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。youtu.be/421BHvALHh8 ... See MoreSee Less
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5 months ago

秀龍
誕生日のメッセージをたくさんいただいています。ありがとうございます。いつの間にか一年経って、反省、自戒、etc.の日々で、なかなか成長できません…周りの方々に支えられながら、ここまでたどり着いてきたものと感じています。心より感謝申し上げます。年齢は人生後半の闘いに入ったところ、先輩方に倣いながら初心に戻ってまた一年を重ねていきたいと思います。いま住んでいる比企郡というところは難解で読めない分からない部分の多かった「万葉集」を鎌倉時代に読み解き、その注釈書を後嵯峨上皇へ献上したと言われる仙覚が研究の拠点とした比企ヶ谷のあった土地で、鎌倉街道が南北に縦断しています。古くから伝わる文化の粋を未来の日本人へ伝えた仙覚のように、伝統にたずさわれたらなあ、と考えています。たった今の比企の山々を眺めながら。 ... See MoreSee Less
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