秀龍 SNS

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2 weeks ago

秀龍

続々々々々々、日常食としての雑煮の考察。

ご存知の通り餅は、ごく簡単な調理により日々用いることのできる主食に準ずる食材である。

すなわち餅を正月に食べる、というだけではその潜在力の1/365しか発揮させていない……。

ところで、日常でのごちそうを幾つか挙げろと言われれば、グラタンが思い浮かぶ人も多いと思う。

その味の決め手はむろんホワイト・ソース。

グラタンにショートパスタやライスを入れたりすると美味いことから分かるように、このホワイト・ソースは、穀物に抜群の相性を持つ。

と、言うわけで「ホワイト・ソース雑煮」が今回のメニューである。

洋食の領域ともなると幾分敷居が高いようにも感じるが、実は、ちっとも難しくなくて、調理約十五分で至高の雑煮を食する口福にあずかることができる。

※分量は1人前目安

①小手鍋などに、ハムを刻んで入れて、タマネギ1/4くらいのスライスと共にバターないしオリーブオイルで炒める。塩を適量振る。②タマネギがしんなりしてきたら、小麦粉を大さじ1(約9グラム)タマネギに馴染ませるように振りかけながら炒める。③牛乳を150〜200ml程度加える(通常のホワイト・ソースより若干多め)。好みによってコンソメを加える。④少しトロミがでてきたら、市販の切り餅ならば半分の厚さにスライスして鍋に入れる(火が通りやすくソースも馴染みやすいから)。⑤餅が柔らかくなったら出来上がり。仕上げにコショウを少し振る。

作らないと分からない(当たり前か)けど、ソースが絡んで、思わず顔がニヤけるほどものすごく美ン味い。

以前紹介した吉野葛の餡かけ雑煮が〝東の横綱〟だとすれば、ホワイト・ソース雑煮は文字通り〝西の横綱〟だ(餅へのスープの絡みという課題について、どちらもトロミによる解決策を提示している)。

ハムの赤とソースの白が紅白の色彩であることから、日常(ケ)食でありながら、ハレの日にも勧めることの出来る逸品と言える。

念のため付け加えておくが、コレにチーズを振りかけてオーブンやトースターで焼くとそれは最早グラタンであり、美味いことは認めるんだけれども、「雑煮」の範疇からは逸脱してしまうことに注意が必要である。
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2 weeks ago

秀龍

熊谷管区気象台エリアはちょうど満開の桜盛り。

自宅近くにある、都幾川桜堤を久々にドローン空撮。

半年以上飛ばしてなかった機体、新しいバッテリーを搭載したら無事安定して飛んでくれた。

ピアノとの自作曲、ジャパネスク〝桜〟を抜粋してBGMに。

youtu.be/0Ee5lcS0UGUトイ・ドローン HUBSAN h216aの空撮による、埼玉県嵐山町・都幾川桜堤 BGM(自作): ピアノ/木村健人、箏/秀龍 箏とピアノによる「ジャパネスク〝桜〟」より抜粋 piano & koto duo , Japanesque "SAKURA" Copyright,2019 Takehito & Syuro...
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3 weeks ago

秀龍

ピアノの木村健人君とコラボレーションを開始。

youtu.be/1JaiJ7A-w5E箏とピアノのための「ジャパネスク〝桜〟」 piano & koto duo Japanesque"SAKURA" pf.Takehito Kimura koto.Syuryo Okabe イメージ動画は平成31(2019)年3月30日〜31日東京赤坂・アークヒルズ周辺および赤坂氷川神社で撮影 2019年3月、桜の...
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1 month ago

秀龍

先日、高崎市・岩鼻小学校で行った箏の特別授業を、1月の前橋の小学校に引き続いて故郷群馬の地方紙である上毛新聞の記事にしていただいた。

毎年、小学校を中心に、時々中学校や大学も含めて授業を行ってきたが、思い返してみたら平成半ばで取り組み始めて御代の終わりを迎える今年で16年が経過。

最初の頃の記事を見返してみて、この頃、何を生徒へ話していたんだろう、と考えてみる……もちろん、対象学年がほぼ同じでもあることもあるけれど、大して内容が進化するわけでもなく、今とほとんど同じだったような気もする。

三十そこそこと、四十代半ばという、年齢による活きの良さは違うだろうけれど。

それでもずっと、授業の僅かな時間ではあっても、子ども達が聴いたり自分で出したりした邦楽器の音色が、彼らの心の中に、それこそカラシ種のように織り込まれていって、彼らが大人になって社会や日本を形成していく時にきっと役に立っていく、意味を成す、そう思い続けてきた。

思いは変わらないけれども、最初の頃の小学生たちはもう二十代後半、ただただ、日本の経済は振るわずに世の中は生きにくさが増しているように思うし、その分、伝統音楽の世界も縮小してきた。

自分の芸の懐の浅薄さを考えれば致し方がない……のかもしれないけれど、思っていたようには活動も広がらなかった。

自分自身、芸以外に様々な職を転々としながら生活をして、傍らにいつも楽器があるようにしてきたけれども、道半ばすら進めないなあ、という思いにかられがちなここ何年か、だった。

しかし幸いに、公教育の場で邦楽を伝えるという初期の志は未だ具体的に命脈を保っていて、また本当に有り難い事に僕の道を照らす師匠も、相変わらずで健在である。

行きつ戻りつ悩みながらの僕のささやかな芸道、とりあえずは、また次の15年を見据えて取り組み続けてみたい、そう思う。
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