最近の大学・小学校の授業と、新聞記事を収録しました!
下記リンクよりどうぞ。
http://traditionalarts.jp/
初稽古
先日、本年初の稽古を師匠・宮下伸先生につけてもらいました。
あわせて、公式サイトへの掲載内容などの打ち合わせが半分。
また、今年の爪入を先生から拝領。爽やかな色彩で本年の歩みに寄り添います。
先週、福島県郡山市で行われた『Soul of Japan 鎮魂の響』と題した演奏会へ三十絃で出演した話を伺いました。
経済偏重の政策の中「景気回復」と言われながら、「仮設住宅の中で凍えているところ、道路などはどんどん新しくなっていくが、我々個人までは支援がなかなか下りてこない」という現状を訴える現地で聞いた被災者の声、また、いま邦楽とともに日本の心が急速に失われてきている話、危機感をもって邦楽を励んでいく必要があることなどをお聞きしました。
また、本年は秀龍が代表をつとめるNPO法人伝統芸術ライブラリーの、新たな一歩を踏み出す予定でいます。邦楽をしっかり次世代へと繋いでいくこと、社会への貢献を通して、そのための人材を育成し支援していくこと、そうした見地に立ち、新規事業の立ち上げをはかりたいと考えています。
最後になりましたが、年頭にあたり、関わる全ての方々のご健康をお祈りいたします。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
師匠レッスン
静寂
師範免状を受く。
さる8月11日、練馬・ホテルカデンツァ光が丘にて、宮下社免許状授与式が挙行され、秀龍は師範昇格となりました。
準師範(名取)を拝受してから、ちょうど10年。
授与式中、家元の前に立ったとき、万感胸に迫るものがあり、不覚にも、胸の奥から湧き上がってくる熱い迸りを抑えることができませんでした。
もちろん、「資格」が箏を弾く訳ではありませんから、「師範」に特段の思い入れがあるわけではありません。特に意識をしてはいなかったのですが、10年という、自分の三十代の全てが、感情の波となって押し寄せてきていたようです。
小規模のコンサートを自分で企画してポスターやチラシ、チケットから自作するゲリラ的な演奏活動からスタートし、正式なオファーをコンサートホールから初めてもらった時の喜び、コンクールにチャレンジを始めて、ようやく本選に入った時、そうして初めて入賞した時の高揚感、小中学校や大学での特別授業、NPOの創設…
箏を幼少から師事し、宗家へ送り出してくれた早河秀桂先生の真心、魂のこもった友人たちの支えがあり、この10年を過ごせて来られたものと思います。
そして何よりも師匠・宮下伸先生の存在は自分にとって筆舌に尽くしがたい、かけがえのないもので、師の心を思えば、応えられていない、果たせていない課題があまりにも多く、ただただ、申し訳なく思うばかりです。
これまで、支えていただいてきた方々の真のご厚情に、感謝の気持ちで一杯です。
これからの10年の自分のミッションを考えています。
伝統芸術は、平和かつ調和的な社会の構築に必ず必要なものです。伝統芸術そのものが各々の地域の八百万の神々、自然の表現であるともいえるし、歴史的背景には豊かな地域間・国際的交流が存在しています。
師匠は、ワールドツアーを何度も経験し、自作曲を通して様々な民族の音楽家と交流を重ねてきていますが、ワールドミュージックとしての箏の位置付けを繰り返し述べています。
つまり伝統芸術というものは、それが存立する地域の気候風土に立脚した個性を表現すると共に、国内外の様々な地域との間の豊かな交流すなわち「調和」を内包して存在しているものなのです。地域間の調和とは、より広義の社会においては「平和」を意味します。
これまでの10年の間、自分自身の役割を考え続ける中で、その一番奥に「平和」というキーワードが次第に重みを増してきていました。
これからの世界に対して、大変にささやかなものであるかもしれませんが、昨年末、師匠を顧問にいただき創設したNPO伝統芸術ライブラリーを拠点に、具体的な取り組みを為してまいります。
また師範として、率先垂範して音色美を追求する修行者であり続けたい、そんな思いを新たにしています。
桜便り
夢の軌道
東上線の高坂駅から、清澄というゴルフ場へ向かって廃線跡が延びている。かつて粘土などを採取したものを運んだらしい。関越道の高坂サービスエリア付近で、架線柱の並んだ廃橋が架かっていることで比較的知られているが、現役時代が短くネットで得られる情報も限られている。
長大な築堤など、遠目にはよく眺めていた。
ある晩、この廃線跡を歩いている自分を夢に見た。その中で、コンクリートの短い洞門が印象に残って、目覚めた後も、そんな施設が残っているのかなあ、と朧気に記憶に止まっていた。
ついこの間、そういえば、とPCで検索してみたところ、ヒットした探索リポートの中に、夢に出てきたような洞門が目に留まった。
もしかしたら何気なく見ていた映像が夢に反映されたのかもしれない。しかし現実感が極めて希薄であるが故に、この目で確かめたくなった。
風のまだ冷たい日だったが、よく晴れていた。ゴルフ場の管理棟に通じる道に車を停めて、踏切の標識の土台の残る所から廃線跡に入った。
よく手入れされていて、また固くしまった路盤は歩きやすい。
古めかしいガーター橋を渡り、眼下に田園の広がりを眺めながら「夢の風景」を目指した。
沿線には倒された架線柱が鉄筋を晒して横たわっている。
春の近さを感じさせる明るい光に満ちているが、冷たい風が首から体温を奪う。
雄大な築堤が緩やかにカーブしている。
やはりどこか現実感が希薄だ。
築堤の先の方には、かつての砂利採取のプラントが、比較的規模の大きな工業団地に造成されているのが望まれる。途中駅のあったらしい場所だ。
下の方の民家の庭で燃やしているゴミの煙を抜けて、築堤が藪に挟まれているところに突入しながらカーブを辿っていくと、下から急坂で登ってくる砂利道の踏切跡の柵があって、その先に「それ」はあった。
新しいように見えるほど白く輝いていた。夢と目の前の光景をだぶらせながら近づいていくと、確かに、夢で観たように洞門内に架線柱などの資材が積置かれたりしていた。やはり、前に着たことがあるようだ。
洞門の先は路盤が土砂で覆われていて、ぽっかりと空が見えた。
その向こうは、造成の工事現場が全く異様に広がっていた。
誕生日に
夜明け前の今、空気は澄んで上弦の月が明るく輝いて道を照らし、星が方角を示している。
氷点下の冷え込みだけれども、目前に目的地を捉えた旅人のように満たされてくる心を感じながら、凛とした空気にどこか清々しさを覚える。
いつかこの道を歩いたような気がする。
初めて踏む道なのだけど、懐かしい。あの時は、目的地に辿り着いたのだろうか。
振り返ると、今年は「特定非営利活動法人伝統芸術ライブラリー」を同志に集まってもらい、設立することが出来た。感謝で一杯である。
その設立趣旨には、伝統芸術の高等教育研究機関の設置もうたっているが、これは七年前に自に定めたマスタープランでは『伝統芸術大学院大学』を示すものだ。
今年に生まれた「種」が、小さいなりでも「カラシダネ」のように、スケールを超えて働く事のできるように、これからの一年、心を尽くしていきたいと思う。